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イブの遺伝子と地球が、いま復讐を告げる! ”アダムの呪い” by ブライアン サイクス/オックスフォード大人類遺伝学教授

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『イブと7人の娘たち』より3年。ホモサピエンスに乗った利己的な遺伝子は暴走する。Y染色体が呪いの歴史を創り、滅亡へとスパイラルは加速する。イブの遺伝子と地球が、いま復讐を告げる!


仄暗いスタジオの中、ジョージのギターソロでジョンとヨーコが踊る空虚な映像を私は眺めている。
1970年4月ポール・マッカートニーは正式にビートルズ脱退を表明した。夢は終わった。映画“LET IT BE“は解散前の4人の心象を映し出している。言葉の1つ1つが、仕草の1コマ1コマがもう戻れない事を――。そして世界は泣いた。愛と平和を歌った彼らでさえ、ヒトは皆自分のために生きるんだと――。

利己的な遺伝子たちはそれぞれの望む方向に席を立って行った。

閑話休題

進化は遺伝子組み換えの実験場に他ならない。男性を創り出したこの実験は今のところ思わしくない。新聞でも“女性バラバラ殺人事件”“ブッシュ大統領、湾岸地域に一万五千人派兵”嘆かわしいことに世界中の暴力や侵略は男性によって引き起こされている。
 とは言え多くの生物が性による非効率な増殖法を選択している。人類は染色体(XXとXY)の遺伝子が性を決定するが、熱帯魚のブルーヘッドは群れにオスがいなくなるのを合図に一番カラダの大きなメスがオスに変身する。
ウミガメは砂浜の卵の温度が34℃に近いとメスに26℃に近いとオスに、30℃だと半数ずつになる。
性そのものを放棄した種も存在する。ハシリトカゲは、オスがいずメスが卵を産みクローンをつくる。
植物では、イチゴ、タンポポブラックベリーなどがそうだ。

オックスフォード大の『進化生物学者』W・ハミルトンは、環境に適した(淘汰された)個体が、種の存続のため進化するというダーウィン以来の説をくつがえした。ミーアキャットは群れが餌をとっている間、見張りが丘の上に立ち鷲などの外敵に身を挺して群れを守る。この自己犠牲的行動は『利他的行動』と呼ばれ、個人の野望より集団の利益が優先される“群選択”説を生んだ。だが個体にとっては著しく不利益な行動だ。しかし、ハミルトンは遺伝子なら自分以外の兄弟から次の世代に伝えることができることに気がついた。自分と兄弟が共有する遺伝子は50%だから、2人以上の兄弟を救えば自己犠牲は報われると考え、進化は種や群でなく遺伝子の存続のために機能することを証明したのだ。
もし遺伝子を伝えるためだけに個体が存在するのなら性は何のためにあるのか?それは世代ごとに遺伝子を組み換え、環境変化や内外に巣食う病原体や寄生生物との進化競争に勝って生き残るためにある。人類もペストや天然痘の猛威の中その多様性のため絶滅を免れている。しかし同性どうしでも遺伝子を混ぜ合わせるチャンスがあれば遺伝子組み換えは可能なはずだ。
2つの性が必要な訳は、細胞質内戦争を防ぐためだ。性行為は細胞質内小器官(ミトコンドリア葉緑体)内の染色体にとって迷惑な話だ。もし他人の細胞質内DNAが勝手に侵入して来たら、自らの細胞質内小器官が酵素を出しそれを溶かし防ぐ。この性癒合に伴う戦いを防ぐため細胞質を殆ど剥ぎ取った生殖専用の細胞(動物では精子、植物では精核(花粉))が分化した。しかし、この変革によって種は2分され相反する遺伝的利益をもつことになる。どちらの性にも同等に受け継がれる他の核遺伝子と違い、Y染色体は息子だけに、細胞質のミトコンドリアDNA(mtDNA)は将来母親となる娘だけが卵子を通し次代へ引き継げる。Y染色体とmtDNAの新たなる戦争が始まった。卵子は4週に1度しか生産されないが、精子は短命で一日1億5千万個も生産される。ゆえにオスはメスの気を引くためいろいろ手をこうじる。たとえばクジャクのオスは派手な尾羽を伸ばしてメスの気を引き、その長さが選択の基準になる。種の2分によりダーウィンが言うところの“性選択(性淘汰)“が生まれた。つまりオスが広告を打ちメスが商品を選ぶコマーシャルと同じ原理だ。
前作ではmtDNAで人類の母系の祖先の系図をたどり14万年前に一人のミトコンドリア・イブを見出した著者は、今度Y染色体で父系の祖先を探ろうとした。mtDNAは1万6千塩基対に対しY染色体は4千万もあるが、その多くは意味を成さないガラクタ遺伝子と呼ばれる遺伝子の残骸だった。そしてイブより比較的新しい時期(5万9千年前)にY染色体アダムがいることを突き止めた。
著者はバイキングや自身の先祖サイクス家、英国の英雄サマーレットの末裔名門ドナルド一族やチンギスハーンのY染色体を追うことで、その父系ツリーから彼らの子孫が現在も多数いることを掴んだ。
そして彼らの父祖がなぜ戦いと征服の旅に出たかの理由は、Y染色体に潜む呪いにあるとしている。
ヨーロッパではバイキングの時代に“アダムの呪い(男性の殺戮と征服のルーツ)”を、最も顕著に読み取ることができる。つまりmtDNAは現地の女性、Y染色体はバイキングの父系を意味するサンプルが各地で多く見られるからだ。
チンギスハーンのY染色体を受け継いでいると考えられる男性の数はサマーレッドの30倍1600万人も居り、彼にくらべれば英国の名門も田舎の女たらしに過ぎないのだ。

 XとYの性染色体によって決定される男女比は、確立でいくと1/2のはずだが実際は、そうでもないらしい。確かに、姉妹ばかりの女系の家族や、男系家族は結構存在するし、同性愛者が多く見られる家系もあるらしい。著者はこれにも、Y染色体の陰謀やmtDNAの復讐が隠されていると考えている。またY染色体の企てか?途上国では性操作(中絶や間引き)が行われ、今日でもインドや中国では本来より女性の数が4千万人も少ないのだ。
Y染色体が殺戮と征服で歴史を創りだすパワーを得たのは地球の表面が氷に覆われていた時代に遡る。それまで偉大なる地球にとって、ホモサピエンスも多くの動物の一種にすぎなかった。氷河期から2万年が過ぎた頃、異変が起こった。海岸や川沿いにヒトが溢れ返っているのだ。1万3千年前〜2万年前の間、我々の祖先はまだ、野生の動物を狩ったり、魚を採ったり野生の植物を採取する生活を送っていた。しかし、偶然こぼれ落ちた種子から芽が出ることを知り、農耕を始めた人々は所有物,富,権力という概念を生み出した。
Y染色体にとって所有物,富,権力は欠くことのできない性選択(淘汰)の道具となった。農耕はアダムの呪いを繋ぐ鎖を解き放ち強欲という怪物を生んだ。男性は支配権を維持するための家長制をつくり、性選択はバランスを失った。クジャクは尾羽が長くなりすぎると飛べなくなるがヒトはそうでもなさそうだ!?
金持ちはより金持ちに、貧乏人はますます貧乏に――そして62年のキューバ危機では核戦争の一歩手前までいき、中東では今も戦争が続いている。森林は減り続け、油が海岸を汚染し、酸性雨は地球を侵蝕している。
もし女性たちがフェラーリやロレックスを見せびらかす男性に興味を失い富と権力とは正反対の男性を選ぶなら、性選択の暴走列車のスピードをゆるめられるかも知れないが――。

最近、食品や環境ホルモンの影響で精子はその数を急速に減らしている、これに対してmtDNAは比較的無傷である。そこで著者は本書の最後で、男性いらずの子作りを紹介している。今話題のヒトクローンでは多くの危険を含むため、Y染色体上の必要な遺伝子のみをパッケージしてアドニス(去勢され生け贄になった神)染色体を作り交配する方法だ。もちろんアダムの呪いが消えた訳ではない。もしそれを望むなら、小説「レッド クィーン」のように卵子卵子を受精させ、Y染色体に悪性ウィルスを感染させ全ての男性を抹殺するしかなさそうだ。
だから紳士諸君、気をつけよう!たとえ小説の中とはいえ、もう計画は進んでいるのだ。アダムの呪いは解かれmtDNAが勝利し偉大なる性の実験は終わり地球は再び眠りにもどる――。

一昨年ジョージ・ハリスンが肺癌で他界した。フィルムは廻り、薄明りのもと彼のギターが響く。
All through the day, I me mine~
1日中ずっと聞こえてくるのは“俺が 俺が 俺が“〜
突然、曲は転調する。はりつめた彼の声は、吼えるようなロックに変り4人のシャウトが戻ってきた。
The Endなど無かったように―
利己的などと野暮を言わない遺伝子もまだあるのかもしれない?

アダムの呪い

アダムの呪い