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『チーム・バチスタ〜』から3年現代の生命の創造主は神ではない。クールな白衣の魔女が今、官権と医療崩壊に立ち向かう!! 

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新世紀、映画『マトリックス』や『イノセンス』のような最先端情報と電脳がプラグINした世界を向えたある日、流行りものに疎いプラグが抜けかけた小生の寝ぼけた“KY”アタマに電話が鳴った。知り合いの編集者T氏から、書評欄への寄稿の依頼だった。 
特にサイエンス、テクノロジー、社会事情、世相などのテーマの書評を所望された。時あたかも組織工学・ヒトゲノム解析・脳内物質・再生医療・遺伝子操作・クローン技術―――書店にはノンフィクションの秀作が溢れていた。しかし、これらタイトルのいくつかは、今はもう『死語』になりつつある。


閑話休題――親から子へ伝えられる遺伝情報は46本の染色体に折りたたまれ、DNA(2重螺旋)の中、4文字の暗号A T G Cの 3つの塩基対の組み合わせが1種のアミノ酸を決定する。これが連なって人体を構成するたんぱく質が合成される。DNAの螺旋の上には30億個の3拍子の塩基対がワルツを踊り“個”をかたちづくる。0と1の2文字で構成されるデジタルでバーチャルな世界では複製はオリジナルにきわめて忠実だが、生物界ではノイズがかならず生じる。生物にとってのノイズの発現は、衰退し消滅することのない多様性の達成には必要なステップだ。そして、ノイズは物語をかなでる。


主人公の女医は東京の大学で産婦人科に在職しながら、今は末期ガンにおかされ余命わずかな恩師の閉院間近な産科クリニックをまかされていた。
彼女は顕微鏡下体外授精のエキスパートで、渾名はクール・ウィッチ(冷徹な魔女)。クリニックの最後の患者の5人は5様のケースと治療そして結末を迎えることになる。ストーリーには昨今のニュースを賑わす少子化医療崩壊代理母出産などが盛り込まれている。
特に少子化の影響による産科の地方医療崩壊は深刻だ。
ご存知のように出産に健康保険は認められておらず、厚労省はアンケート調査を繰り返すのみの無策、文科省による研修医制度の改革で医局の崩壊が地方大学へ、その余波が地方病院の医師不足へ、そこへ霞ヶ関のお役人の縦割り行政の勢力争い、検視制度をめぐる警視庁との主導権争い、医療訴訟や、地方財政難が重なり、閉鎖に追い込まれる現状を背景に物語は進む。


描写が、閉塞感のある3場面構成で、著者が病院の勤務医なのがうなずける。大学の講義風景・教授の部屋・そして閉院間じかのバイト先のクリニック。登場人物も明瞭な性格付けがなされている。能天気なムードメーカーの男子学生とメガネが顔の一部のような女子学生。老獪なアルマジロに似せ、霞ヶ関の意向を気にかける学会の元老の産科教授、直属の上司で主人公の女医を気にかけている腕利きの準教授、彼女が恩師と仰ぐ肺癌で余命わずかな産科クリニックの女院長(彼女の息子は北海道の地方都市の産科医で、医療過誤で官庁間の勢力争いで不当逮捕されている設定だ。)、病院物語にはお決まりのベテランの融通がきかない助産師長。そして、クリニック最後の5人の患者も10代のヤンキー娘から、曰くありげな50代の体外授精患者までその性格、病名、妊娠経緯まで、産科や発生学のテキストのタイトルのように様々に明解だ。


大学で教鞭をとる場面と、医院でいわく付きの患者達への説明で、発生と最先端不妊治療それにからむ数々の遺伝病などが医師の目をとおして読者に解説されている。「さて、不妊は完全消滅しました。少なくても、卵子精子が存在すれば科学技術で必ず受精にいたるようになりました。そうなると、新たな問題が生じてきます。父親と母親の定義です」と、例えば『脳死』という概念は、人工呼吸器や生命維持技術の進歩で本来死ぬ人が死ななくなることで生まれた言葉で、一方人工授精という革新技術下では卵子精子の提供者が医学的父母だが日本の司法制度(明治以来の民法)のもとでは、法律的親権は出産した借り腹の『代理母』!?である。
その説明が謎解きの鍵となり物語が進み、主人公に日本では禁止されている代理母出産治療の疑いがかけられていく。そして自らも子宮と卵巣の摘出を受け、コンピュターエンジニアで海外赴任の夫との離婚へと進む。国の無策やお役所の権力と戦い、恩師への恩返しを水面下ですすめる彼女は自らのメス裁きとマスコミを利用し、スタッフや患者の協力で、9回裏の大逆転をもくろむが、結末は―――――!?


医療ものの代名詞というと、かつては“白い巨塔”の財前教授やブラック・ジャックなど凄腕でクールなイメージだったが、最近は見習い研修医などの熱血感動編が目につく、今でこそ、棄てなければ良かったと嘆くジーンズのスソ形よろしく、歴史はクールにくりかえす!!
――― 今回、初めて流行小説を取り上げてみた。こういったものの中には、未来を予見したものや実際に起こりうる事件性のものもあるだろう。文明や社会システムが複雑になるとフィクションがフィクションで無くなるのにそう時間はかからない、新しい概念は新しい言葉を産むが、流行ものは足が速い。流行り言葉が『死語』になるスピードもしかり、“メタボる!”や“アンチエイジング”も、小生のコレステロール値やしわ腹を残したまま、やがて書棚のすみに追いやられるのだろうか!?

クインテッセンス出版 書評より

ジーン・ワルツ

ジーン・ワルツ