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“2001年宇宙の旅”のSir.クラークが軌道上から放つ最後のオデッセイ.大銀河Ground Galacticsの意識のなか,空想が現実に,現実が空想に……!?

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“これは現実……それともタダのまぼろし……地すべりに巻き込まれ逃れられない.さあ瞳をあけ,空を見上げて……”と自らを流浪の民になぞらえ(ボヘミアン・ラプソティー),ゾロアスター教徒の両親のもとに生まれた若き日のフレディー・マーキュリーは,世界に向けオペラ風に歌い出す.荘厳な雰囲気に弱い庶民派の小生だが,夢を見るのはホンの一瞬で,情けないことにすぐに現実に引き戻されてしまう……
――閑話休題ガリレオフィガロの時代から,SFは夢見る若者の必須アイテム.登場するサイエンスは彼らの情熱で今では多くが現実化されている.鳥のように空を飛び,多段式ロケットで月世界へ,海底トンネルで海狭を横断,軌道上ステーションで宇宙生活……
 だけど,薔薇色の未来はSFのなかでもそう長くは続かない,ある時は異次元で,ハタマタ時空ヲ超え,さらに銀河を渡り,それでも人類は戦いを好み,過去の悪しき史実を,舞台をかえて繰り返す……そんな輩を好まない大きな思考の集合体(グランド・ギャラクティクス)が50光年の彼方から配下の好戦的種族に指令をくだす,“人類を抹殺せよ”と.人類の未来は滅亡か生存か!?

ことの発端は,惑星間旅行に夢をはせる著者の1人でレーダー技師将校だったクラークが,そっと月へ向かって人類初の微弱なレーダー波を発信し,その反射波を息を殺して待ち受けていた第二次大戦中に遡る.電波でも電子の放射線であれば何でもいいのだが,それは秒速30万kmの光速で旅をしているはずだ.これを彼方で受信した大銀河の思考体は,次に不快なマイクロ波を地球から感じたはずだ.最初はマンハッタン計画の試験場から,次いで広島と長崎から,そして――その後はそこらじゆうから!! これは抹殺指令に値するに十分な量だ.
 これと並行して現代の地球上の物語は進む.主人公は天才数学者の青年スープラマニアン,彼は17世紀のフランスの弁護士でアマチュア数学者ピエール・ド・フェルマーが解いたとされる“最終定理”に興味をもつ.紀元前500年に「直角3角形の斜辺の2乗は直角をはさむ他の2辺の2乗の和に等しい」というピタゴラスが考えたa2+b2=c2の定理を,フェルマーは2乗以外の数の乗数では成り立たないことを見出し,古代ギリシャ数学書の余白にこう書いた「わたしはこの命題に関し,驚くべき証明を見つけたが,余白が狭すぎて書ききれない」と.しかしそれは現在まで300年間,名だたる数学者が膨大な時間と紙を費やしても証明することができない命題だった.SFの良い点は空想科学小説なので,これを主人公が若干18歳で“ソフィー・ジエルマンの素数2P+1”の証明の論法をもとに,コンピュータを用いず当時の手法で“最終定理”を証明し「ネイチャー」誌にアクセプトされたのを機に世界中を飛び回る物語である.


 本書に現わされる近未来は,SFのおもちゃ箱のようだ.実現性の高いアイデアが世界を動かしている.
 登場する非致死性兵器サイレントサンダー(沈黙の雷)は,国連の外郭団体が,ならず者国家の電子・電気機器や電信や電気インフラを1度の上空爆発で沈黙させることができる.1960年レーニングラードの工学者ユーリ・アルツターノフは地上の構造物の高さには加圧に耐える限界があるが,軌道上の物体にとりつけたケーブルなら,膨大な燃焼燃料を搭載したロケットで大気圏を抜ける必要がなく,より安価で安全に宇宙へ行けると説いた.当時はこれを実現させる強度のケーブル素材は夢物語に過ぎなかったが,カーボンナノチューブが登場した今,アルツターノフ宇宙エレベータは時速300kmで地球低軌道上“スカイフック”まで主人公らを連れて行ってくれる.そこからは太陽風エネルギーを利用したソーラー・セイルの電気ロケットで――.爆発燃焼系の現在のロケットに比べ瞬発力はないが,宇宙空間では摩擦抵抗がないため加速は永久に続く.燃料タンクが必要ないので,最終的に亜光速まで加速が可能である.月では太古の火山活動の痕跡があり,重力が少ない分,地球の何倍もの大きさの溶岩洞穴が存在している.密閉して空気を入れることにより人類が生活できる月面基地が建設されている.
 攻めてくる宇宙人も50種それぞれ役割がありユニークだ.9肢をもつものや有機体の身体を捨てマシン・ストアードといわれる機械の身体や脳幹にその思考回路を保存した人類の未来を予見した種族などなど…….彼らに指令をくだすグランドギャラクティス(原始宇宙の構成要素にはない思考体)は数多くの計画や目的を持っていたが人類に理解できるようなものではなく,銀河の自然法則を守り乱すものを排除する用意があった.そんな近未来に主人公は娘の出場する宇宙オリンピックのソーラー・セイルレースで彼らと遭遇することになる.配下の種族は地球にコローニ―をつくり我々にメッセージを送る・・そしてなぜか主人公は彼らに質問攻めにあう.


 著者・クラークは,90歳の誕生日を前に発表したコメントで,人生に悔いはないができることなら見ておきたかったものとして3つをあげた.“地球外生命体がいる証拠.石油に依存しない商業的に成り立つクリーンなエネルギー.帰化したスリランカの紛争の終結.”この願いは本書でもしっかり取り上げられている.独特の風合いをかもし出している数学の謎解きはもう一人の巨匠ポールのアイデアだと思われるが,残念なことにこれが最初で最後の共作となってしまった.一昨年,クラークが最終稿に目をとおした数日後亡くなったため,本書はまさに彼のLast Theoremとなった.
 いつの時代でも“科学と音楽”には“まぼろしと現実”を行き来できる魔法がある.クラークの『2001年宇宙の旅』の映画音楽『ツァラトゥストラ かく語りき』も荘厳な出だしだ.かつて小さな島国を出て7つの海を制した大英帝国の末裔達は,SFでもエンターテイメントでも世界を席巻した.――小生も,瞳をあけ,空を見上げて何を思おうか? ――Any(とにかく) way(そこには) the(風が) wind(吹いて) blows(いるだろう).

最終定理 (海外SFノヴェルズ) (単行本)

最終定理 (海外SFノヴェルズ) (単行本)